コンピュテーショナル・デザインの時代:光速のエンジニアリング

Written by Bradley Rothenberg | CEO and Founder at nTop
Published on June 21, 2024


“この世で唯一変わらないことは、ものごとは変わり続けるということである“
- ヘラクレイトス、紀元前500年

そしてもちろん、今日の世界は紀元前500年よりもはるかに速いスピードで変化しています。数ある変化のなかには、エンジニアリングとエンジニアリング・ソフトウェアに大きな影響を与えるものがいくつかあります。

コンピューティングは、かつてないほど強力かつ低コストになっており、クラウド・コンピューティングなどのテクノロジーによってこのパワーへは万人がアクセス可能になっています。ほとんどのCAD/CAE/CAMは、アクセス可能な超並列コンピュータが登場する以前の1980年代に開発されましたが、非常に強力なGPUにより、何千ものコンピューティング・コアが指先で操作できるようになりました*1。ムーアの法則の終焉は、新しいGPUアーキテクチャのスケールアップに火をつけ、新しいエンジニアリング・ソフトウェア・ツールの道を開きました。

AIと機械学習により、人間の可能性が広がっています。AIベースのシステムを製品設計に適用することで、エンジニアリングチームはより優れた性能の製品設計を生成し、より現実的な予測と性能シミュレーションの提供が可能になります。これらの設計が経済的に製造できることを保証することで、イノベーションを加速することにもつながります。

デジタル・マニュファクチャリングはひとつの産業となり、製造部品の性能が桁違いに向上し、これまでよりも迅速かつ経済的に調達できるようになっています。nTopのユーザーは現在、FDA認証の3Dプリント医療部品から、FAA認証プロセスのセーフティクリティカルな金属3Dプリント航空機部品まで、あらゆるものを設計しています。さらに、従来の製造プロセスはますますデジタル化、自動化、接続化が進み、コストがさらに削減され、スループットが向上しています*2

こうした変化は、エンジニアリングツールの新しいパラダイムを促進しており、クラウド+GPU+AI/MLによって実現される人間とコンピュータのコラボレーションによって、エンジニアリングの世界を根本的に再構築し、新たな勝者を生み出すことになります。

エンジニアリングは、設計空間を探索し、最適なソリューションを探す反復プロセスです*3。たとえばバスケットボールでは最高の選手からより質の高いシュートが放たれることがより良い結果につながる可能性が高いのと同様に、エンジニアリングではトップエンジニアがより多くの反復を行えるようにすることが、より良い結果につながります。したがって、反復の回数とペースを改善することは、より優れた設計とより多くのイノベーションを実現するために不可欠なのです。

過去数十年間に起こったエンジニアリングの変化は、大まかに4つの時代に分類することができます。それぞれの時代において反復の速度は段階的に変化し、以前は不可能だった新しいタイプのコンポーネントやシステムが可能になってきました。

エンジニアは紙に図面を描きます。まれにコンピュータを使った分析も行われます。エンジニアは解析結果を検討し、設計を変更する必要があるかどうかを決定します。もし必要であれば、図面の修正または再作成を迫られます。その反復はペンと消しゴムのスピードで行われることになります。

ここでのプロセスは、図面がデジタルのCADファイルになったことを除けば、紙の時代と基本的に同じです。ペンの代わりにマウスでクリックして線を描き、線は黒ではなく緑になります。設計変更はマウスの速度で行われ、紙に設計全体を描き直すのに比べれば速いでしょう。

CADモデルは、その構造において知性を発達させていきました。たとえばPTCは、Pro/ENGINEERで設計変更時にCADモデルを順次更新する「リプレイ」機能を導入しました。設計を変更するにはいくつかの数値を変更し、モデルが順番に再構築されるのを待つだけです。これには通常、数分から数時間かかります。機能の再構築に失敗した場合は(よくあることですが)、その理由を突き止めて回避策を見つけるのに時間がかかってしまいます。
解析は、有限要素解析 (FEA) や数値流体力学 (CFD) によって特定の設計が生成された後に行われ、数時間から数日かかる場合があります。反復は、CADモデルを順次再構築する速度(またはループに含まれるFEA/CFD解析のペース)で行われるようになり、すべての線をマウスでクリックするよりも飛躍的に速くなりました。ボルトやバルブなどの単純なパラメトリックパーツは設計間で再利用できますが、ほとんどの新しい設計は空白のCADファイルからスタートします。

この新しい時代では、設計そのものが設計空間全体を捉えるプログラムであり、その空間を探索するためにコンピューティングが使用されます。設計意図を定義し、このプログラムを構築するのはエンジニアですが、最適な結果を達成するために最適な入力パラメータを探索するために導入されるのはコンピュータです。解析機能(今ではプログラム自体に組み込まれるようになりました)により主要なパラメータが制御され、シミュレーション + AI/ML を活用してプロセスがさらに加速されます。反復は、文字通りチップを流れる電子の速度で行われ、逐次的なCADモデルの再構築よりも指数関数的に高速です。設計意図がプログラムに組み込まれているため、コンピュテーショナルモデルは容易にバージョン管理され、再利用可能で、同様の設計問題を解決するための拡張が可能です。

Lightspeedの反復により、エンジニアは製品を最適化し、製造可能性とプロセスを設計の早い段階で組み込むことができます。最終的に、エンジニアは生産の経済性と品質のバランスの良い、より優れたソリューションを見つけることができるようになります。これにより市場投入までの時間が大幅に短縮されます。

コンピュテーショナル・デザインの時代には、反復速度の向上に伴って多くの利点がもたらされます。重要な問題は、現在のソフトウェア・アーキテクチャがコンピュテーショナル・デザインを効果的にサポートできるかどうかです。これらのアーキテクチャはどのような機能を提供する必要があるのでしょうか?

コンピュテーショナル・デザインには、パラメータの変更にインテリジェントに対応できる豊富なコンピューター・モデルが必要となります。そのモデルには以下の条件が求められます。

速い:
エンジニアまたはコンピュータが設計を改善するために反復作業を行っています。一般的に、高速であれば設計の反復量が増え、設計の質が向上します。自動化やリアルタイムのモデル更新などの機能により、より迅速な反復が促進され、エンジニアは設計変更をより迅速に視覚的に評価することができます。

フレキシブル:
モデルは、大きな設計空間を捉えることができるよう、高度なモーフィング能力を持つ必要があります。特に、シェイプやトポロジーの幅広い変化や、材料の分布や組成の変化のサポートが必要です。過去数十年間は、材料組成は部品内で一定であるとみなすことができましたが、複合材料と3Dプリンティングの産業利用により状況は変化しました。

信頼性:
上記の反復は、入力を修正してモデルを再計算することに基づいています。計算が信頼できない場合、モデルは更新に失敗します。エンジニアにとって失敗は厄介なもので、問題を診断し、回避策を探さなければならなくなります。コンピュータにとって、この失敗は設計探査を台無しにします。実際、CADの上で自動化されたデザイン・スタディを実行しようとすると、モデルの失敗を防ぐためのルール作りに、モデル自体を作るよりも多くの時間が費やされることになります。

クローズドループ:
コンピュテーショナルモデルがエンジニアにとって有用であるためには、物理学がモデルに統合されていなければなりません。クローズドループの最適化を容易にするために、物理特性を接続する必要があります。たとえば、構造解析の結果に設計の各ポイントにおける応力値が示されることがあります。これらの応力値はスカラーフィールドを形成し、これを使用して設計を自動的に修正することができます。応力の高いエリアでは材料を追加して強度を高め、応力の低いエリアでは不要な材料を取り除いて軽量化します。

ディファレンシャブル
あるエンジニアやプログラムが、製造コストや重量といった設計の特性を最小化しようとしているとします。最小値を見つけるためには、「ドライバー」(エンジニアまたはコンピュータ)は、どの方向が「下り坂」なのかがわからなければなりません。下り坂の方向を見極めるには、数学的微分ができる必要があります。導関数は、パラメータの変更が設計にどのような影響を与えるか、特に、どの変更が設計を改善するかを教えてくれます。したがって、導関数を持つことで、設計の探索プロセスをより効果的/効率的にすることができます。

まずはコアとなる、ロバストかつ光速のアップデートが可能なシェイプモデルからお話しを始めていきます。

Boundary representations (B-reps)は、すべての主流CADシステムで使用されているジオメトリック・モデリング・テクノロジーです。その名の通り、B-repはその境界(バウンダリ)をモデリングすることでシェイプを描写します。パーツの外皮は、エッジによって結合された面の集まりで形成されています。

B-repシステムはジオメトリの表現方法として最も広く使用され、成功を収めてはいるのですが、コンピュテーショナル・デザインには適さない重大な欠陥がいくつかあります。第一に、そのアーキテクチャは1980年代からほとんど変わっていないため、並列計算、特にGPUでの計算には向いていません。典型的なB-repシステムでは、GPUは、CPUの1つのコアでシングルスレッドで動作するジオメトリ・カーネルから吐き出された三角形をレンダリングする役割しか担いません。さらに重要なのは、B-rep 計算がさまざまな理由で失敗する可能性があることです。過去40年間の多大な努力により信頼性は向上しましたが、まだ不十分であり、今後大幅に改善される可能性は低いでしょう。

インプリシット・モデリングでは、そのアプローチはまったく異なります。オブジェクトのシェイプは、その表面上の最も近い点までの距離を返す数学的関数によって描写されます。この関数は、オブジェクトの内部では負、外部では正、表面ではゼロになるように構築されているため、符号付き距離関数 (SDF) と呼ばれます。

あらゆるモデリングアルゴリズムにおいて重要なステップは、与えられた点Pがオブジェクトの内側か外側かを決定することです。たとえばSDFとしての関数Fが存在するとき、点Pの値であるF(P)の符号(正か負)を確認するだけです。また、異なるポイントの結果は互いに独立しているため、この計算は明らかに簡単に並列化できます。これは、インプリシット・モデリングの計算がGPU上で非常に高速であることを意味し、最も複雑な形状であってもリアルタイムのインタラクションを実現します。

インプリシット・モデリングシステムは、B-repシステムの失敗につながる脆弱なタイプの計算を避けることができるため、信頼性も高くなります。

次の表は、2つのモデリング・テクノロジーが、前に挙げたシステム機能をどの程度サポートしているかをまとめたものです。

 B-repsImplicit (SDFs)
速さ速くない。 1980年代のコンピュータ向けに設計されていて、GPUやマルチコアCPUを活用していない。最適。 複数のコアと強力なGPUを備えた最新のコンピュータ向けに設計されている。   
フレキシブルあまりフレキシブルではない。 トポロジーの大きな変更は問題を引き起こす。部品の内部に関するナレッジがない。フレキシブル。 あらゆるトポロジーをサポート。内部空間を明確に表現。
信頼性本質的に脆い。 40年にわたる改善努力にもかかわらず、いまだに失敗が多い。B-repsを脆弱にする計算を回避することで、ジオメトリックな信頼性を実現。
クローズドループエンジニアは解析結果を検討し、設計の修正方法を決定し、手動での変更が必要。解析結果(フィールド)を使用して設計を直接修正できるため、エンジニアが定義した設計目標に基づく自動最適化が可能。
ディファレンシャブル難しい。 人間のユーザーやプログラムに対する最適化ガイダンスがほとんどない。本質的には単なる数式であり、自動微分化に適している。

さらに、コンピュテーショナルモデルの設計パラメータを制御するにはシミュレーションとの統合が必要です。そのため、モデリング・テクノロジーとシミュレーションツールの緊密な接続が必要です。より高速でロバストなモデリング・テクノロジーにより、より緊密に統合されたジオメトリと解析を行き来するワークフローが可能になります。

nTopのユーザーが広大で複雑な設計空間を超高速で反復処理していることから、インプリシット・モデル (SDFを使用) はコンピュテーショナルデザインに最適なコア技術ということがお分かりいただけると思います。実際に、nTopユーザーであるOcadoとSiemens Energyは、生産においてこの新しいアプローチを先駆的に導入しています。Ocado Technologyは、Series 600 Botの開発期間を数か月から数週間に短縮し、Siemens Energyは、化石燃料からの移行を可能にするガスタービンエンジンの高度な熱交換器とコンポーネントの設計用のコンピュテーショナルモデルを構築しました。これはまだ初期段階であり、コンピュテーショナル・デザイン時代の可能性の始まりにすぎません。

米空軍初の金属3Dプリンティング・ラボでの初期段階から、Sikorsky訪問時に安全性が重要なヘリコプター部品のコンピュテーショナルモデルを目にしたときまで、私たちは過去5年以上にわたって顧客からインプリシット・モデリングの使用について多くのことを学びました。nTopを使用している400社以上の企業と2万5千人以上の学生が、昨年1年間だけで約30万個のコンピュテーショナルモデルをエクスポートしました。

私たちは、nTop 5.0 のコア・モデリング・テクノロジーを「Sequoia」と呼んでいます。(基本的なデータ構造がツリー形式(技術的には「Abstract Semantic Grap —-抽象セマンティック・グラフ、ASG —-) であるため)。Parasolid/ACIS/CGMのような従来のCADモデリング・カーネルとは異なり、Sequoiaモデルは、設計のエレメント間の関係を記述する抽象セマンティック・グラフ(ASG)形式のプログラムです。モデル自体には可能性のあるすべての設計候補が含まれており、設計のさまざまな側面をよりよく理解するために、設計の評価を並行して実行することができます。

設計をプログラムで表現することで、前世代のコア・モデリング・テクノロジーよりも高速にシェイプを生成することができ、AI/MLパイプラインへのジオメトリの最適化と統合を可能にする1つの鍵となります。

適切なモデルを持つことは、コンピュテーショナル・デザインの基礎となります。光速のエンジニアリングに必要な人間とコンピュータのコラボレーションを可能にしますが、それだけでは十分ではありません。モデル上に構築されたアプリケーション・スタックは、エンジニアがモデルと連携してコンポーネントを設計する方法でもあります。

  1. nTopは、インタラクティブな部品設計のためにエンジニアがローカルで実行するためのものです。その目的は、エンジニアが設計空間をキャプチャするコンピュテーショナルモデルを簡単に構築できるようにすることです。これには、ジオメトリ関係の設定、領域へのジオメトリック・フィーチャの展開などが含まれます。
  2. nTop Automateは、さまざまな入力を使用してnTopワークフローを大規模に実行します。これは、エンジニアが大規模で複雑な設計空間を理解するのを支援する、ロボット型のnTop先導ツールです。
  3. nTop Coreは、パートナー企業や研究者のソフトウェア開発者がnTopインプリシット・モデルを他のエンジニアリングツールと交換するために構築された軽量なライブラリとフォーマットです。これはすでにEOS Printに統合されており、EOSの金属およびポリマー3Dプリンターでメッシュフリーの直接プリントワークフローが可能になっています。Autodesk、Hexagon、Materialiseなど、CAD、CAE、AM分野の複数の企業が、製品統合の構築を進めています。

このアプリケーション・スタックにより、エンジニアは次のようなコンピュータとの共同作業が可能になります。

  1. エンジニアは、nTopでコンピュテーショナルモデルを構築します。手作業で作図するのではなく、ブロックを組み立て、ジオメトリと相互作用させることで、設計空間を定義する一連のパラメトリックな関係を確立し、モデルを作成します。このワークフローは 言うなれば「生きたドキュメント」であり、結果はカスタム目的関数OKとユーザー定義の制約条件によって定義されます。
  2. コンピュータはコンピュテーショナル・モデルで設計空間を探索します。nTop の「ロボット」(コンピューティング)は、設計のバリエーションを実行して、エンジニアが可能性を理解したり、代替モデルをトレーニングしたりするのに役立ちます。
  3. エンジニアはコンピュータと連携し、最適な設計を見つけます。これはさまざまな設計ポイントの適合性を定義および測定することで可能となります。

基礎的なインプリシット・モデリング・テクノロジーとそれを中心に構築されたアプリケーション・インフラストラクチャにより、エンジニアとコンピュータのコラボレーションが強化され、コンピュテーショナル・デザイン時代における超高速の設計反復が促進されるのです。

  1. インプリシット・エコシステムを育成する:
    1. インプリシット・モデルは、既存のツールとシームレスに統合されなければなりません。人々が新しいツールをより迅速に採用するためには、既存の作業方法に適合する必要があるでしょう。
    2. インプリシットに基づいて新しいツールを簡単かつシームレスに構築し、インプリシット・ファーストとなるエンジニアリング・ソフトウェアの新しいオープン・エコシステムを育成します。たとえばシミュレーションとマシニングはエンジニアリング・ワークフローにおける2つの重要な部分ですが、nTopだけでは解決できない部分と言えます。
  2. インプリシットはエンジニアにとって使いやすくなければならない:
    操作は、繰り返し可能、測定可能(エンジニアリング座標で定義)、ロバストである必要があります。これは「フリーフォーム形式」のモデリングではなく、正確でインタラクティブなエンジニアリング・モデルの定義です。
  3. シミュレーションや解析がボトルネックになってはならない:
    この項目ではまだやるべきことがたくさんあり、ANSYSやHexagonなどの業界リーダーからIntact Solutionsやcloudfluidなどの新興テクノロジーまで、多くのパートナーと協力しています。

コンピュテーショナル・デザイン時代は、人間とコンピュータのコラボレーション(コンピューティング/GPU+AI/ML+デジタル・マニュファクチャリング)によって、光速で生成される高度に最適化された設計の時代です。これは光速の反復の時代とも言えます。インプリシットは新たな基盤として機能するでしょう。つまり、nTopは、エンジニアリング/製造の飛躍的なスピードアップに必要なアプリケーション・レイヤーを提供し、コンピュテーショナル・デザインの時代をもたらす基礎技術であるのです。

Special thanks to George Allen for his invaluable help in drafting this post.

Bradley Rothenberg

CEO and Founder at nTop

Bradley Rothenbergは、ニューヨークを拠点とするエンジニアリング設計ソフトウェア会社 nTop の CEO 兼創設者です。2015 年の設立以来、nTop は航空宇宙、自動車、医療、消費者製品業界に、アディティブ・マニュファクチャリングによる生産に向けた高度で複雑な部品の設計、テスト、反復を高速化する高度なエンジニアリング ソフトウェアを提供してきました。ブラッドリーは、15 年以上にわたりアディティブ・マニュファクチャリング用のコンピュテーショナル・デザイン・ツールを開発してきました。彼は業界の発展に積極的に取り組んでおり、Develop3DLive、Talk3D、formnext など、世界中の業界イベントで頻繁に講演しています。また、業界誌での引用や業界のポッドキャストでのインタビューも多く、Forbes誌にも取り上げられています。彼はニューヨーク州ブルックリンの Pratt Institute で建築を学びました。

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